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京都地方裁判所 昭和27年(ワ)239号 判決

京都市上京区小川通寺の内上る三丁目禅品院六三一番地

原告

平沢育子

右訴訟代理人弁護士

坪野米男

被告

右代表者

法務大臣 加藤鐐五郎

右代表者指定代理人

星智孝

井上俊雄

葛野俊一

高田実夫

中村誠三

右当事者間に於ける当庁昭和二七年(ワ)第二三九号損害賠償請求事件につき、当裁判所は昭和二十九年五月二十日終結したる口頭弁論に基き次の通り判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し金二十五万円を支払え、訴訟費用は被告の負担とする」旨の判決を求めその請求原因として、被告は国税の賦課徴収を全うするため京都市上京税務署を指揮し運営管理に当るものであるが、訴外芦田貞一は大蔵事務官として京都市上京税務署に勤務し収税官吏としてその職務に従事しているところ、昭和二十六年十月二十五日上京税務署々長訴外富田辰次の命をうけて所管内の訴外合資会社平沢商店(以下訴外会社と称する)にかかる昭和二十二年、同二十三年、同二十五年、同二十六年度の法人税及び源泉所得税合計金二十二万八千九百六十円の滞納処分として、訴外合資会社平沢商店の代表社員は無限責任社員である訴外平沢政次郎であり、原告は訴外会社の有限責任社員であるのに原告の所有であるマツダ五十年型自動三輪車(京第六六五三号)の差押えを為したが、右の差押を為すに際し、原告は差押物が原告所有であることを主張し差押えが不当なる旨を抗議したにも拘らず訴外芦田は差押を強行し、且差押調書を作成してこれに原告の署名捺印を求めたところ、原告は右の理由から求めに応じなかつたものである。

その後原告は上京税務署に対し右差押物件が原告の所有であることを主張し電話にて異議を申立てたのであるが、同署々長訴外富田は之を顧みることなく、昭和二十六年十一月十五日に右差押物件(他に衣類等十三点を含む)を公売処分に付する決定をなしたが、これを訴外合資会社平沢商店並に原告に対して通知をすることなく、同日これらを合計金六万五千円の不当に低廉なる価格で訴外西岡正美に公落させ、同月二十日附の計算書で訴外合資会社平沢商店に滞納処分の終了を通知し、因つて原告はその所有に係るマツダ五十年型自動三輪車(京第六六五三号)一台時価金二十五万円の損害を受けたものである。

訴外芦田並に同富田の右各所為は被告国の公権力の行使に当る公務員がその職務を行うに当り、故意又は過失により他人に対して違法に損害を加えた場合に該当するものであるから、国家賠償法により被告はこれが賠償をなすべき責任があるから損害金の支払を求めるため本訴に及んだ旨陳述し、被告の主張に対し本件オート三輪車の購入代金が訴外平沢政次郎名義の小切手並約束手形にて支払はれた点は認めるも、これは売買仲介人訴外山代春彦の希望により現金よりも小切手若は約手の振出を求めたため偶銀行に口座を有していた訴外平沢政治郎に依頼しその振出を求めたのであつて、右金額はその後原告より右政治郎名義の当座予金へ入金している。又、訴外会社の銀行取引がすべて政次郎名義の当座預金口座によつて為されているからといつて逆に政次郎名義の当座預金口座による取引はすべて訴外会社の取引であると推論することは出来ない。又訴外会社に於ては財産目録に本件オート三輪車の記載がなく、又同貸借対照表に於ても右代金十七万円について何等借入金等の記載もないし又左様な資力もない。

原告が本件オート三輪車を購入した目的は訴外会社の営業用として使用する目的ではなく主として、朝鮮事変による値上りを見込んだ投資の目的であつた、訴外会社は酒類の小売商であつてオート三輪車を使用して運搬を為す必要がない、自動車登録の使用目的を訴外会社の営業用としたのは全く便宜的なものに過ぎない、従つて訴外会社との間に賃貸借若くは使用貸借等の契約関係を結ばず時々使用する事がある場合にその使用料に代へて修繕費油代の一部を訴外会社に負担させていたに過ぎない被告は原告が金十七万円の購入資金を持たない旨主張するが右資金は原告自身のへそくりと訴外平沢ハルから借りた金とから撚出したものである、原告は現在他に特別の収益の道はないが他に不動産を所有して居り全くの無資力者でもない。

と述べその余の被告の抗弁事実を否認し

立証として証人平沢政次郎、同奥村清太郎、同平沢喜九三、同岡本イト、同西岡正美、同平沢ハル、同山代春彦の各証言並に原告平沢本人訊問の結果を各援用し甲第一号乃至第十二号各証を提出して乙第一号証乃至第六号証の成立を認め乙第七号証は不知と陳述した。

被告指定代理人等は「原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする」旨の判決を求め、答弁として、上京税務署収税官吏芦田貞一はその職務行為として昭和二十六年十月二十五日訴外会社にかかる昭和二十二年、同二十三年同二十五年、同二十六年度の法人税及び源泉所得税合計金二十二万八千九百六十円の滞納処分としてマツダ五十年型自動三輪車(京第六六五三号)一台を差押えたこと、原告は訴外合資会社の有限責任社員であること、原告が差押調書に署名捺印を求められて之を拒否したこと、及び上京税務署々長訴外富田辰次は訴外会社の滞納処分として差押えた物件(マツダ五十年型自動三輪車外十三点)を昭和二十六年十一月十五日入札により、公売に付し、合計金六万五千円で訴外西岡正美に公落させ、同月二十日附計算書を以て滞納処分終了の通知を為したことはいづれも認めるが本件オート三輪車は原告の所有ではなく訴外会社の所有である。即ち(一)右オート三輪車の購入代金が訴外平沢政次郎名義の銀行預金から全額支払はれていること、当時訴外会社の銀行取引は同会社名義でなされた形跡がなくただ平沢政次郎名義の当座預金しか存在せず且訴外会社の営業上の取引が実質上すべて右政治郎名義の当座預金口座に依つて為されていた、従つて右オート三輪車の購入代金が政治郎名義の当座預金から支払はれたことは実質的に訴外会社の企業計算に於ける資金によつて購入されたものといはなければならない。

(二) 原告名義で購入されたオート三輪車が常続的に訴外会社の営業(酒類販売)の用に供せられていたこと、このことは原告自ら自動車登録に際し使用目的として届出ているし、公売当時本件オート三輪車の走行距離は五千粁を超えるメーターを示して居り、原告三男喜九三は昭和二十六年二月十四日小型自動車の運転免許を得、同年四月一日訴外会社の使用人となつている、又訴外会社の帳簿には自動車修繕費、油代として数回金銭の支払を為している事実から見ても充分窺はれる。

(三) 原告は従来訴外会社の有限責任社員である以外別に特別の事業を経営し収益を得たと目される根拠がないし更に当時(自昭和二十五年十月一日至昭和二十六年二月二十八日間)に於ける原告の銀行預金取引は僅かに総額五千円のみであつて原告自身オート三輪車の購入資金を持たなかつたといはなければならない。

(四) 原告と訴外平沢政次郎とは夫婦であり、夫を扶け訴外会社営業に関与していたこと。

(五) オート三輪車の使用に関し訴外会社との間に賃貸借使用貸借契約の認むべきものがないこと。

以上の事実よりして本件オート三輪車の購入は形式上原告名義でなされているがこの実体上の購入者は訴外会社であつて、原告は単にオート三輪車の登録名義人にすぎず、その所有権は訴外会社に属していたものである。

更に原告の反駁に対し、(一)原告は訴外会社の財務諸帳簿に、オート三輪車に関する記載のないことを以て訴外会社にその所有権がないことの根拠としているが、現在の一般会社はもとより実体上法人と個人との区別のつき難い本件訴外会社の如き同族会社の経理面に於ては帳簿に記載されている以外の匿された所得及財産が存在することがむしろ実情であつて、この匿された所得を補捉して課税をなし或ひは帳簿外の財産を索り出して滞納処分を執行し以て公正な徴税を期することが要請されているのである。従つて右諸帳簿に記載がないからといつて直ちにそれが訴外会社の所有物でないといふ事は出来ない。前述の如く訴外会社の銀行取引のすべてが平沢政治郎名義の当座預金によつて為されていたのであるがこのうち大部分が訴外会社の帳簿に記載されていない事よりしても右訴外会社の帳簿が信を措き難い事が窺はれる。

(二) 原告は本件オート三輪車を購入した目的は投資のためであるといふが、原告がオート三輪車につき何等特別の知識を有する者でないこと、オート三輪車なるものが年月の経過により機械の磨損発錆腐蝕等により当然換価価値の下落を見ること、及び原告の主張する朝鮮事変の好況は昭和二十六年六月の休戦会議の開始を以て終熄し、ことに本件型式のオート三輪車は最早時代遅れとなりマツダ販売会社に於ては昭和二十六年三月以降その販売が中止せられこれに代つてはるかに高性能の新型車(HB型)が発売されているに拘らず依然として原告は本件投資物件を差押当時まで(昭和二十六年十月二十五日)訴外会社の使用に供していた事実からして投資の目的があつたとは到底考へられない。

(三) 更に原告は本件オート三輪車の購入資金の一部は原告のヘソクリから撚出したといふが、一方に於て原告は訴外会社の諸帳簿の正確性を主張し乍ら他方原告にかかる多額のヘソクリの出来たといふ主張はそれ自体矛盾である、即原告等平沢家の昭和二十五年度の総収入は、原告主張の帳簿によれば十万五千円でありこれに、若干の家賃収入と、三万円の役員賞与が加はるだけであるのに、同家の家族六人の生活と、政治郎の療養費、大学在学中の長男正夫の学資を支出して、果して右の如き多額のへそくりが出来るかどうか疑問である。

次に、原告は本件オート三輪車を訴外芦田貞一が差押を為す際原告が自己の所有なる旨を主張し抗議したに拘らず之を無視し強引に差押を為した過失に基くものである旨主張するが原告が右差押に際し異議を述べた事はなく、本件物件に対する差押は平穏に行はれた、右差押は昭和二十六年十月二十五日執行されたものであるがこれより前上京税務署長富田辰次は、昭和二十六年八月十五日及同年同月二十八日の二回に亘り訴外会社宛に催告状を発しその出署を求め、実情を聴取して、徴収猶予等につきその相談に応じ適切な措置を購じやうとしたのであるが二回とも訴外会社よりは何等の連絡なく已むを得ず訴外芦田をして差押を行はしめたのであるが、差押処分執行当時平沢政治郎の病勢が重態の状況にあつたので、家族の心痛を考慮し捜索処分を避け訴外会社に於て現に占有使用し醤油樽等を積んでいた本件オート三輪車を差押へたのであつて、毫も訴外芦田の差押行為につき過失は存しない、尚右芦田はその際、原告又は長男正夫の何れかが両三日中に出署し税務署の幹部に面接し滞納税につき納付計画を立てて適切なる解決方法を図るやう勧告したのであるが之に対しその後何の連絡もなかつた。

又公売にあたつては訴外会社宛に公売通知書を昭和二十六年十一月一日付で発送し同月十五日公売することを予告したのであるが之に対して何等の措置が採られなかつた、即差押当時より公売決行まで二十日の日数があつたのであるが原告側に於ては国税徴収法第十四条による財産取戻請求あるひは同法第三十一条の二による再調査の請求等法上の救済手段はもとより口頭あるひは電話等による異議の申立すら行はれなかつた結果、已むを得ず公売処分に附したものであつて、従つて公売処分につき何等被告に於て過失は存しない。

と述べ

その余の主張事実を否認し、抗弁として仮りに被告が、原告主張の如き不法行為による賠償責任が認められるとしても、原告に於ては国税徴収法に従い遅滞なく所定の手続を履踐しなかつたがために原告の損害が発生したのであるから過失相殺を主張する、

と述べ

立証として証人芦田貞一の証言を援用し乙第一号証の一、二、第二、三号証、第四号証の一乃至四、第五号証乃至第七号証を提出して甲号証の各成立を認めた。

理由

京都市上京税務署勤務収税官吏大蔵事務官訴外芦田貞一は同署々長訴外富田辰次の命をうけて昭和二十六年十月二十五日同署所管内の訴外会社にかかる昭和二十二年、同二十三年、同二十五年、同二十六年度の法人税及源泉所得税合計金二十二万八千九百六十円の滞納処分としてマツダ五十年型自動三輪車(京第六六五三号)の差押えをなしたこと、同税務署々長訴外富田は右差押えにかかる自動三輪車一台外衣類等十三点を昭和二十六年十一月十五日公売して入札の上これらを合計金六万五千円で訴外西岡正美に公落させ、同月二十日附で訴外会社に公売処分による計算書を送達したことは当事者間に争がない。

そこで先づ本件オート三輪車が原告の所有に属するや否やについて判断をする。

本件オート三輪車が昭和二十五年十月頃原告名義で訴外山代春彦の仲介により代金十七万円にて購入されたこと、その自動車登録名義が原告であること、その登録に際し使用目的を会社営業用として届出ていること、購入代金はすべて訴外平沢政治郎の銀行当座預金口座により支出されていること、訴外会社は合資会社であつて酒類醤油等の販売を業とし無限責任社員が原告の夫政治郎であり原告は有限責任社員であること及び訴外会社の銀行取引はすべて右政治郎の銀行当座預金口座によつて為されていることについては当事者間に争がない。

原告は本件オート三輪車は、値上りを見越して投資の目的で購入したと主張し被告は之を争ひ、訴外会社の営業用に使用する目的なりと反駁するにつき、この点に関する証人山代春彦、同平沢政治郎、同平沢喜九三、同吉川稔、原告本人訊問の結果並成立に争ひのない乙第四号証の弍、乙第六号証を綜合すると予て仕入先である兵庫県の酒造業西山某より京都市内へ販路拡張のため販売方を依頼せられそのため運搬用具の必要を生じたこと、次男喜九三が自動車の運転を希望していたのでオート三輪車一台を購入すべく物色中昭和二十五年九月頃偶々知合である訴外山下春彦より将来値上りによる利得もある旨購入方を勧誘せられたので原告は、夫政治郎と協議の上同人の仲介にて代金十七万円にて買入れたものであり、右喜九三は昭和二十六年二月十四日付にて自動三輪車の運転免許を受け本件オート三輪車にて訴外会社の営業である酒醤油等の配達に従事していたこと、昭和二十六年十月当時、本件オート三輪車の走行距離が約五千粁をメーターに記録していたことが認められ原告主張の主として投資の目的にて購入した旨の主張は採用し難い。此点に関し証人山代春彦、同平沢喜九三、同政治郎及原告本人の供述部分は措信しない。

又原告は本件オート三輪車の購入資金は原告のへそくりと、母平沢ハルよりの借入金とにより之に当て、政治郎名義の当座預金口座より支払はれたのは、仲介人山代春彦が現金よりも小切手及び約手を希望したため右政治郎に依頼し小切手及約手の振出を為さしめたのであつて、右政治郎の立替金に対しては現金を以て同人に返済した旨主張するにつき考へるに成立に争ひのない甲第十二号証、乙第五号証によれば昭和二十五年度に於ける平沢商店の支出した給料は合計十七万三千円、役員賞与は三万三千円であるから少くとも右合計金額以内にて平沢家の生計は営まれていたと見るべく、昭和二十五年九月現在原告名義の銀行定期預金五千円ある他、原告が他に収益を生ずべき事業を営み若くは資産を有していた事を認めるに足る証拠はない。

以上の認定と訴外会社が昭和二十二年度分よりの法人税、源泉所得税を滞納して居た事実とより推断して当時原告が自己のために自己の計算に於て購入しその所有権を取得したとの原告主張は之を認め難い右認定に反する原告本人の供述、証人平沢政治郎、同平沢ハルの各供述はいちはやく措信し難く従つて又現金よりも小切手及び約手の振出を希望したとの主張に対する証人山代春彦の証言右の代金は爾後政治郎に返却したと称する原告本人並証人政治郎の証言も共に措信しない。依つて本件オート三輪車の購入代金は原告の夫政治郎が支出しその登録名義を原告に為したのであつて原告は単に名義人に過ぎない。

然らば原告が自己の所有権を侵害されたと称しその損害の補償を求める本訴請求は爾余の判断を俟つまでもなく失当であつて到底棄却を免れない依つて訴訟費用につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 山田常雄)

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